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風景写真、猫の写真など載せています。楽しんでもらえればと思います。

僕の写真紀行は容量いっぱいになりましたので、 僕の写真紀行2に移行します。 またよろしくお願いします。
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歴史的な建築物に惹かれて(滋賀県・観音寺) [歴史的建築物]

豊臣秀吉が石田三成を見出したお寺である観音寺とは

どんなお寺なのか興味があったので、

撮影しに行ったのだが、

その近くに三島池があるのでついでに寄ってみた。

撮影:OM-D E-M10 MarkIII、M.ZUIKO DIGITAL ED 14-150mm F4.0-5.6

(三島池の解説)

三島池(みしまいけ)は滋賀県米原市池下にある貯水池。
姉川の伏流水を利用して灌漑用に作られた。別名、比夜叉池。
2010年(平成22年)3月25日に農林水産省のため池百選に選定された。
また「滋賀のため池50選」にも選定されている。

築造年は不詳であるが、1200年(正治2年)年代には造られたと言われ、
現在も農地20haを灌漑している。
伊吹山が湖面に映え、散策路も整備され、
池の北東に「女滞」が近接し水路でつながっており、
周辺は「グリーンパーク山東」の公園として整備されていて
池の南に「蛍の川」が流れ、6月上旬頃にはホタルが見られ、
近隣の住民の親水空間として活用されている。
また、1959年(昭和34年)に滋賀県の天然記念物
「マガモ自然繁殖の南限地」に指定され、
一部のマガモが、この池に滞まり繁殖していて
1964年(昭和39年)に周辺は、鳥獣保護区に指定された。

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豊臣秀吉と石田三成が初めて出会った場所であるお寺。

(観音寺の解説)

伊吹山旧四大寺の一つ。
平安時代前期の仁寿年間、律師三修によって建立されました。
観音寺は通称で、正式には伊富貴山観音護国寺
(いぶきやまかんのんごこくじ)といいます。
もとは法相宗(ほっそうしゅう)に属していましたが、
弘和(永徳)3年(1383)に天台宗に改めました。
正元年間(1259-1260)に、現在地に移築されています。
本尊の十一面観音像は行基(ぎょうき)作で、
伊吹山(1377.1m)の霊木を刻んだものと伝えられています。
胎内に、貞応3年(1224)の銘を記す伝教大師坐像は、
鎌倉初期の作品で高さ約65cmの一木造。国の重要文化財に指定されています。
 堂宇は正徳5年(1715)に再建の本堂(国の重要文化財)、
薬師堂、鐘楼、山門などからなり、秀吉が鷹狩りで立ち寄った際に、
寺の小僧をしていた石田三成(いしだみつなり)を
「三碗(さんわん)の才」で見出したことで名高い寺です。

階段を上っていくと本堂が見え始めた。

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本堂

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歴史的な建築物に惹かれて(大矢田神社) [歴史的建築物]

昔刊行されていた講談社の週刊誌「日本の街道」に、
大矢田神社の楼門の写真が載っていて、
見るたびにその美しさに感嘆していたので、
今回撮影しに行ってきた。
後半で山県市の東光寺も載せている。

撮影:lumix GX7MK2,M.ZUIKO DIGITAL ED 14-150mm F4.0-5.6

まずは大矢田神社から

(大矢田神社の解説)

大矢田神社(おやだじんじゃ)は、岐阜県美濃市にある神社である。
本殿は江戸時代初期の1672年(寛文12年)、
拝殿は1671年(寛文11年)再建であり、
ともに重要文化財に指定されている。
また、楼門は1723年(享保8年)再建であり、美濃市指定文化財である。

創建は孝霊天皇の時代という。
716年(養老2年)、泰澄大師は、この地(天王山)一帯を開基。
天王山禅定寺号した。祠はその一部となり、牛頭天王として習合される。
禅定寺は7坊を有したが、1556年(弘治2年)に戦火で焼失。
その後、極楽坊と常泉坊の2坊のみ再興された。
1870年(明治3年)、神仏分離・廃仏毀釈により
牛頭天王を建速須佐之男命に戻して奉祀、
大矢田神社に改称して極楽坊の社僧・真清氏が神官となる。
護摩堂・鐘楼・観音堂など仏教施設は廃されたが、
唯一、楼門(仁王門)が残された。
このため神社の中に仏教式の門が残っている。



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楼門

これが今回一番撮影したかったもの。

実際に自分の目で見てみて、何て品のある美しい楼門なんだろうと思った。

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タグ:大矢田神社
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歴史的な建築物に惹かれて(滋賀県・菅山寺) [歴史的建築物]

今回は菅山寺の写真を載せたいと思う。
インターネットで調べていたら、
滋賀県の菅山寺の山門の写真が目に留まり、
森の中の廃寺を一度見てみたいと思って行ったのである。

撮影:OLYMPUS OM-D E-M5、M.ZUIKO DIGITAL ED 14-150mm F4.0-5.6

菅山寺の解説

大箕(だいき)山中にある、真言宗豊山派の古刹。
奈良時代、孝謙天皇の勅を受けた照檀上人が開山、
龍頭大箕寺と称し、平安前期に菅原道真が宇多天皇の勅使として入山、
3院49坊を建てて大箕山菅山寺と改名した。

菅山寺は藤原時代から鎌倉時代に最も栄え、
興福寺の古い記録には、僧房105末寺70余とあり、
極めて大きな寺であった。
天正10年(1582)の大地震により、当寺は壊滅した。
この時経蔵の宋版大蔵経の収納箱約40箱も破損している。
その後、黒田村(現木之本)の土豪大音氏出自の専秀が再建に努力し、
江戸時代初めに堂宇を再興した。
高野山で修法し当寺に帰住した専秀に帰依した石田三成から、
寺領30石と山林を寄進安堵された。
慶長18年(1613)、徳川家康の命で、専暁が宋より持ち帰った
「宗版一切経七千余巻」を芝の増上寺へ寄進、
代償として寺領50石を与えられ、家康黒印状も得、以降幕末まで継承。
この経典は現在、国の重要文化財に指定されている。
浅井長政、石田光成、徳川幕府の庇護もあったが、
江戸時代末期より、末寺が他宗に転宗して菅山寺の維持が困難となり、
彦根社寺役人に救済を願い出てはいるが、
明治初期までの菅山寺はまだ相当な規模を誇っていた。


駐車場から森の中に入るとじきに目に入った。

いくつか要所要所にあり、このまま行けばいいと教えてくれている。

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10分ほど下ると、廃寺が見えてきた。

本堂と経堂が見えている。

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これが今回一番見たかった山門の大きな木に挟まれた風情。

人影のない森閑とした道を進むと、間口が2m弱の朽ちた山門と出合う。
山門の両脇には巨石と見間違える、大ケヤキ(県指定)の古木2本がそびえる。
菅原道真公の手植と伝える。
幹周り6mを越え、樹高15m以上の巨木である。
滋賀県の自然記念物に指定されていたが、
写真の右側のケヤキの巨木が強風と腐食により2017(平成29年)9月に折れた。

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お寺の建物に惹かれて(岐阜・甘南美寺) [歴史的建築物]

今回は甘南美寺で写真を撮ってきたので、
それを載せたいと思う。
インターネットで大垣からそれほど遠くないお寺を探していたら、
かなり立派な建物が境内にいくつも揃っているお寺を見つけた。
それで行ってみたのである。

撮影:OLYMPUS OM-D E-M5、M.ZUIKO DIGITAL ED 14-150mm F4.0-5.6


甘南美寺の解説

甘南美寺(かんなみじ)は、岐阜県山県市長滝にある臨済宗妙心寺派の寺院である。
山号は白華山。本尊は千手観世音菩薩(秘仏)。
美濃三十三観音霊場第十三番札所。
美濃四国八十八札場第六十五番。美濃七福神(恵比寿)。
伊自良湖湖畔にある。
境内のエドヒガンザクラは、幹回り3.3m、樹高23m、樹齢は約350年といわれ、
県指定天然記念物である(甘南美寺のサクラ)。
旧本堂は戦国時代の建立といわれ、馬頭観音の信仰でも知られており、
公営競馬の関係者なども多数参詣している。
伝承によれば、鎌倉時代、高阿弥、那智阿弥の行者夫婦が
伊勢国で救世観音を授かり、
故郷の美濃国山県郡釜ヶ谷(現在の釜ヶ谷山、標高696m)山頂に
祀ったのが起源であるという。
それからしばらく後のある夜、伊勢国の漁師が漁を行っていると、
美濃国から眩い光が海を照らした。
その光により魚が全く釣れなくなったため、
漁師はその光の源を探そうと美濃国へ向かい、
その光が釜ヶ谷の観音像の光であることを突き止める。
漁師の話を聞いた夫婦は観音像を釜ヶ谷山頂から麓の長滝に移したという。
1570年(永禄13年)頃、白華山 甘南美寺として創建される。


山門

車が停めてあり、あまり目立たないように撮るために

角度が限られてしまう。

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歴史的な建築物に惹かれて(岐阜県・月見寺) [歴史的建築物]

今回も大垣からそれほど遠くない海津の月見寺を載せたいと思う。
正式には行基寺と言われる。

撮影:lumix GX7MK2 、lumix G VARIO 14-45mm/F3.5-5.6

行基寺の解説

行基寺(ぎょうきじ)は、岐阜県海津市にある浄土宗の寺院である。
山号は臥龍山。 別名「月見寺」、「隠れ城」、「お月見の寺」。
行基入定の地の伝承がある。美濃高須藩藩主松平氏菩提寺である。
本尊は大日如来。西美濃三十三霊場27札所。

養老山地の中腹にあり、本堂、大書院、小書院、庫裡、松平家廟を有し、
高い石垣を持つ城郭風の伽藍であり、一見すると小規模な城である。
一説には、緊急時には高須藩の城としての機能を有していたという。
そのためか、寺院というより城の御殿に近い。
1705年(宝永2年)に造られた美しい回廊式庭園があり、
有料で拝観できる。
また、庫裡にある月見の間からは、濃尾平野が一望できる。


伝承によれば、744年(天平16年)、地方を巡っていた行基が
この地の洪水による被害を目の当たりにし、
聖武天皇に懇願し人々のために建立したという。
行基は、一般的な説では、668年(天智天皇7年)に生誕し、
749年(天平21年)、菅原寺で81歳で入滅し、
生駒市の竹林寺に埋葬されたとされているが、
行基寺の伝承によれば、677年(天武天皇6年)に生誕し、
757年(天平宝字元年)にこの地で入滅。埋葬されたとされている。
1336年(延元元年)、結城友定の手により焼失。
正平年間に再建される。
1702年(元禄15年)、美濃高須藩藩主松平義行が行基寺を松平氏菩提寺とし、
大規模な改修工事に着手する。1709年(宝永6年)、改修工事が完了する。
1820年(文政3年)、山門が建立される。
現在の本堂は1832年(天保3年)再建である。
明治維新になるまでは、一般の人々が参拝することを禁止していた。


駐車場から少し歩くと、総門が黒い塀越しに見えてきた。

境内にはどんな建物があるのか、わくわくしていた。

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総門

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本堂が見えている。

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お寺の建物に惹かれて(岐阜県の来振寺、華厳寺) [歴史的建築物]

寺院の建築物が好きで、以前からよく撮影している。

今回は、岐阜県揖斐郡の来振寺と華厳寺の写真を載せたいと思う。

撮影:OLYMPUS OM-D E-M5、lumix G VARIO 14-45mm/F3.5-5.6


まずは来振寺(きぶりじ)から。

(来振寺)の解説

伝承によれば、715年(霊亀元年)、法相宗新福寺として行基が開山したという。
725年(神亀2年)、新福寺の背後にある“白山”
(石灰岩で全体が白く見えた山。1968年から石灰採掘のため削られ、今は存在しない)
に黄色の雪が降るという現象が発生し、寺名を黄降(きぶり)と称した。
その後「来振」の字を当てるようになった。
937年(承平7年)、新義真言宗に改宗する。
1530年(享禄3年)の洪水で被害を受け、
1560年(永禄3年)には織田信長の焼き討ちにあい、伽藍は焼失する。
豊臣秀吉、徳川家康が朱印状を発行するなどの援助で復興し、
大垣藩戸田氏の保護を受ける。



入口から楼門までの参道には、

西国三十三観音堂がある。
(三十三ヶ寺の砂を台座下に納めるミニ霊場)

とても特徴的な景観になっている。



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楼門

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東海の善光寺 [歴史的建築物]

今回は稲沢の祖父江町にある善光寺を載せたいと思う。

建物は大きくて見栄えしている。

撮影:OLYMPUS OM-D E-M5、lumix G VARIO 14-45mm/F3.5-5.6

(善光寺東海別院)の解説

所在地
愛知県稲沢市祖父江町祖父江南川原57-2

善光寺東海別院(ぜんこうじとうかいべついん)は、
愛知県稲沢市祖父江町にある単立の仏教寺院である。
正式には双蓮山善光寺(そうれんざんぜんこうじ)という。
また長野県長野市にある信州善光寺をはじめとする
各地の善光寺との区別のため祖父江善光寺(そぶえぜんこうじ)、
尾張善光寺(おわりぜんこうじ)とも呼ばれている。



民家奥にそびえ建っている。

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萩原商店街(一宮)と西方寺(羽島) [歴史的建築物]

一宮市の萩原町の商店街に行ってみました。

廃れているのか、時間的に早いのか、商売している店がほとんどなく、

写真はあまり撮れなかったです。

なので少しだけ並べます。

撮影:Nikon D7200 AF-S DX NIKKOR 16-85mm


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ここでたこ焼きか大判焼きを食べたかったです。

11時からなので、1時間ほど早すぎました。

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一宮の観光地を巡って(妙興寺、旧林家住宅) [歴史的建築物]

最近一宮で仕事をしているので、
妙興寺と尾西歴史民俗資料館横の旧林家住宅に行って撮影してきました。
久しぶりに更新したいと思います。

撮影:lumix GX7MK2 、lumix G VARIO 14-45mm/F3.5-5.6

妙興寺(みょうこうじ)は、愛知県一宮市にある臨済宗妙心寺派の大寺院。
本尊は釈迦三尊、開山は滅宗宗興である。
周囲には、五つの塔頭がある。
古より「尾張に杉田(過ぎた)の妙興寺」と言われる。


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山門

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