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風景写真、猫の写真など載せています。楽しんでもらえればと思います。

僕の写真紀行は容量いっぱいになりましたので、 僕の写真紀行2に移行します。 またよろしくお願いします。

歴史的な建築物に惹かれて(岐阜県・華厳寺) [歴史的建築物]

今回は華厳寺の写真を載せたいと思う。
美濃の古刹として華厳寺と横蔵寺は有名。

撮影:OM-D E-M10 MarkIII、LUMIX G VARIO 12-60mm

(華厳寺の解説)

華厳寺(けごんじ)は、岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲徳積にある天台宗の寺院。
山号は谷汲山(たにぐみさん)。本尊は十一面観世音菩薩(十一面観音)、
脇侍として不動明王と毘沙門天を安置する。
西国三十三所第33番札所、満願結願の寺院で桜、
紅葉の名所としても知られ多くの観光客で賑わう。


永禄3年(1560年)成立の『谷汲山根元由来記』によると、
華厳寺は延暦17年(798年)、会津黒河郷の豪族大口大領なる人物によって
創建されたという。
『由来記』によれば、大口大領は都の仏師に依頼して自らの信仰する
十一面観音(十一面観世音菩薩)の像を造立した。
彼は観音像とともに会津に帰ろうとしていたが、途中、
美濃国の赤坂(現・岐阜県大垣市)で観音像が動かなくなってしまった。
赤坂の北五里の山中に観音所縁の霊地があるというお告げを受け、
大口大領は同地に草庵を建立。
延暦末年に、当地で修行していた僧・豊然上人(ぶねんしょうにん)の
協力を得て華厳寺を建立した。
延暦20年(801年)、桓武天皇の勅願寺となり、延喜17年(917年)には
醍醐天皇が「谷汲山」の山号と「華厳寺」の扁額を下賜。
天慶7年(944年)には朱雀天皇が鎮護国家の道場として当寺を勅願所に定め、
仏具・福田として一万五千石を与えたという。
「谷汲山」という山号については、寺付近の谷から油が湧き出し、
仏前の灯明用の油が汲めども尽きなかったことに由来する。
西国三十三所霊場の中興者と伝承される花山法皇は徒歩で巡幸し、
当寺を第三十三番札所の満願所と定め、禅衣(笈摺)、杖、
および三首の御詠歌を奉納したと伝え、鎌倉時代には後白河法皇が
花山法皇の跡を慕って同行千有余人を従えて巡幸したという。
なお、西国三十三所巡礼について触れた最も古い史料である
『寺門高僧記』所収の「行尊伝」および「覚忠伝」では、
第三十三番の霊場は三室戸寺になっており、園城寺(三井寺)の僧・覚忠が
三十三所霊場を巡礼した応保元年(1161年)には、華厳寺は満願所ではなかった。
また、三種の御詠歌(後出)のうち、「世を照らす」の歌は作者が判明しており、
花山法皇ではなく、前出の覚忠の作歌である。
建武元年(1334年)足利氏と新田氏の戦乱が起こり、
新田氏一族堀口美濃守貞満の乱をはじめとする戦乱で
幾度となく諸堂伽藍を焼失するが、本尊ならびに脇侍等は山中に移し難を逃れた。
文明11年(1479年)、観音菩薩の夢告を受けた薩摩国鹿児島慈眼寺住職道破拾穀により、
再興されたと伝えられている。


総門をくぐると、左右にソメイヨシノの桜並木、土産物店、飲食店、
旅館などの立ち並ぶ参道が続き、距離にして約1km、徒歩10分ほどで仁王門に達する。
仁王門から本堂まではゆるやかな登りの石畳の参道となり、
右手には放生池、地蔵堂、茶所、一乗院、十王堂、羅漢堂、英霊堂、
三十三所観音堂、左手には法輪院、明王院、一切経堂、観音勢至像、本坊などがあり、
本坊の一画には大師堂、内仏客殿、庫裏が建つ。
参道突き当りの石段を上ると本堂があり、その右手に鐘楼堂、
本堂背後には阿弥陀堂、笈摺堂、子安堂、
そこからさらに石段を上った先に満願堂が建つ。
このほか、満願堂から徒歩約1時間ほどのところに奥の院がある。
山内には他に妙法ヶ滝、「菅原道真参籠の岩屋」などがある。




仁王門

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仁王門

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百度石と焼香堂

P5102116.jpg-1.jpg焼香堂

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階段を上ると本堂

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経堂

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三十三所観音堂

この建物は特に気に入っていて、角度を変えてはいつも何枚も撮っている。

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中門越しに内仏客殿と庫裡を撮影。

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内仏客殿

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本門と経堂の屋根部分

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元三大師堂

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本堂

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鐘楼堂

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本堂屋根

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左が納骨堂、右が奥の院

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本堂屋根

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本堂屋根

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満願堂

いろいろな堂宇がある。

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本堂

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JUNKO

どの建物も重厚なたたずまいで、歴史の重みを感じますね。ゆっくり参拝して回りたいところです
by JUNKO (2020-05-11 10:22) 

minsuke

JUNKOさん、コメントありがとうございます。
いろいろなお寺を巡っていますが、
歴史のある大きなお寺は面白いです。
テーマパークみたいですよ。
いろいろないわれのあるものもありますからね。

by minsuke (2020-05-11 22:31) 

ミケシマ

これまた歴史を感じさせる建物ですね!
仁王門と経堂に特に見入ってしまいました。
破風の部分が見事ですねーカッコイイ!
わたしは歴史に疎いのでちょっと難しいですが、時代背景と照らし合わせて
当時を想像しながら廻るとまた楽しそうですね^^
by ミケシマ (2020-05-11 23:17) 

minsuke

家から割と近いところに古刹の華厳寺と横蔵寺があり、
今回は華厳寺を載せています。
歴史が刻まれた、大きな寺は本当に趣があります。
人との関わりの歴史は自分も意識していません。
木に染み付いた歴史が好きなのです。
風化した具合のことですね。
記事を載せるときに人的な歴史が分かり、
面白いもんだなとは思っていますけどね。(汗)


by minsuke (2020-05-12 00:07) 

旅爺さん

歴史には疎い爺ですが華厳寺は門を入ると沢山の建物がある大きな寺なんですね。でも朽ちていく建物も多そうで修復されないんですね。
by 旅爺さん (2020-05-12 05:56) 

minsuke

旅爺さん、コメントありがとございます。
華厳寺は大きなお寺で、数多くの堂宇があります。
重要な建物は修復されるとは思いますが、
最後に載せているような建物は朽ちてきていますね。
全部は改修されて行かないかもしれませんね。
by minsuke (2020-05-12 22:26) 

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