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風景写真、猫の写真など載せています。楽しんでもらえればと思います。

僕の写真紀行は容量いっぱいになりましたので、 僕の写真紀行2に移行します。 またよろしくお願いします。

夏風景(飛鳥)PART2 [奈良]

昨日に引き続き、夏風景(飛鳥)を載せたいと思う。

(50枚ほど載せているので興味のある方だけご覧ください。)


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橘寺が見えてきた。

(橘寺の解説)

橘寺(たちばなでら)は、奈良県高市郡明日香村にある天台宗の寺院。
正式には「仏頭山上宮皇院菩提寺」と称し、本尊は聖徳太子・如意輪観音。
橘寺という名は、垂仁天皇の命により不老不死の果物を取りに行った田道間守が
持ち帰った橘の実を植えたことに由来する。
橘寺の付近には聖徳太子が誕生したとされる場所があり、
寺院は太子建立七大寺の1つである。
太子が父用明天皇の別宮を寺に改めたのが始まりと伝わる。
発掘調査の結果、当初の建物は、
四天王寺式伽藍配置の壮大なものだった事が判明している。
皇族・貴族の庇護を受けて栄えたが、鎌倉期以降は徐々に衰えている。

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奥は本堂。

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聖徳太子の愛馬・黒駒像越しに本堂を撮影。

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経堂屋根部分

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観音堂

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二面石

人面のような彫りが見られる石。
一つの石の両側に二つの表情があり、善と悪の二つの顔だといわれている。
聖徳太子生誕の地といわれる橘寺の境内にある。

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塀越しに川原寺跡を撮影。

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橘寺を後にした。

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橘寺の次に向かったのは亀石であった。

(亀石の解説)

奈良県明日香村川原にある亀の形をした遺構。
長さ3.6メートル、幅2.1メートル、高さ1.8メートルの巨大な花崗岩に
亀に似た彫刻が彫られていることからこの名前で呼ばれている。
ユーモラスな顔つきから明日香村観光のシンボルともなっている。

言い伝えによれば、奈良盆地一帯が湖であった頃、
対岸の当麻(たいま)のヘビと川原のナマズの争いの結果、
当麻に水を吸い取られ、川原あたりは干上がってしまい、
湖の亀はみんな死んでしまった。
亀を哀れに思った村人たちは、「亀石」を造って亀の供養をしたという。
亀石は、以前は北を向き、次に東を向いたと言う。
そして、今は南西を向いているが、西に向き、当麻のほうを睨みつけると、
奈良盆地は一円泥の海と化す、と伝えられている。

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白い彼岸花が一輪だけ咲いていた。

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亀石から飛鳥寺に向かう際に撮影。

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緑が広がる。

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百日紅(さるすべり)

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弥勒石

奈良県明日香村にある石像。条里制の標石であったらしいが定かでない。
目の不自由な人など身体障害者の信仰対象となっている。

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飛鳥寺が見え出した。

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入鹿の首塚は飛鳥寺のすぐそばにある。

645年の大化改新で、板蓋宮で中臣鎌足に首をはねられた蘇我入鹿の首が、
ここまで飛んできたと言われている。

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(飛鳥寺の解説)

飛鳥寺(あすかでら)は奈良県高市郡明日香村にある寺院である。
蘇我氏の氏寺で、日本最古の本格的寺院でもある法興寺(仏法が興った寺という意味)の
後身である。
この寺にはいくつもの呼び名がある。
すなわち蘇我馬子が建立した寺院の法号は「法興寺」または「元興寺」(がんごうじ)であり、
法興寺中金堂跡に現在建つ小寺院の公称は「安居院」(あんごいん)だが
「飛鳥寺」の呼称は江戸時代の紀行文などにも見え、
「飛鳥寺式伽藍配置」など学術用語にも使われている。

本項では馬子が建立した寺院とその法灯を継いで現存する寺院とを包括して、
「飛鳥寺」と呼称することとする。
安居院は真言宗豊山派に属する。
本尊は「飛鳥大仏」と通称される釈迦如来、開基(創立者)は馬子である。

現在の飛鳥寺の前身である法興寺は蘇我氏の氏寺として6世紀末から
7世紀初頭にかけて造営されたもので、
明日香村豊浦の豊浦寺(尼寺。現在の向原寺がその後身)と並び
日本最古の本格的仏教寺院である。
『日本書紀』によると、法興寺は用明天皇2年(587年)に蘇我馬子が建立を
発願したものである。
馬子は排仏派の物部守屋との戦いに際し、
この戦いに勝利したら仏寺を建立することを誓い無事に勝利したので、
飛鳥の真神原(まかみのはら)の地に寺を建てることにしたという。
昭和31~32年(1956~1957年)の発掘調査の結果によれば
当初の法興寺は中心の五重塔を囲んで中金堂、東金堂、西金堂が建つ
一塔三金堂式の壮大な伽藍であった。

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飛鳥大仏(撮影可)

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このあたりで雨が降ってきた。

慌てて駐車場に戻った。

酒船石すぐそば。

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明日香村を後にして高取城跡に向かった。

その途中に五百羅漢像があった。

(pict0000からpict0008までGR DIGITAL IIで撮影)

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雨で草が濡れており、毒蛇に注意という看板もあったので

ちょっと勇気が必要ではあったが高取城跡まで上ってみた。

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(高取城の解説)

城は、高取町から4キロメートル程南東にある、標高583メートル、比高350メートルの
高取山山上に築かれた山城である。
山上に白漆喰塗りの天守や櫓が29棟建て並べられ、
城下町より望む姿は「巽高取雪かと見れば、雪ではござらぬ土佐の城」と謡われた。
なお、土佐とは高取の旧名である。
曲輪の連なった連郭式の山城で、城内の面積は約10,000平方メートル、
周囲は約3キロメートル、城郭全域の総面積約60,000平方メートル、
周囲約30キロメートルに及ぶ。
日本国内では最大規模の山城で、備中松山城(岡山県)・岩村城(岐阜県)とともに
日本三大山城の一つに数えられる。
元和元年(1615年)の一国一城令の際も重要な山城として破却を免れ、
現在に至るまで石垣や石塁が残されている。
南北朝時代、南朝方であった越智邦澄が元弘2年(正慶元年、1332年)に
築城したのが始まりと伝えられている。
現在建物は失われたが、その縄張りや遺構は人里離れた山頂にあることが幸いし、
人為的に崩壊することなくほぼ完全な状態をとどめている。
貴重な城郭資料として昭和28年(1953年)3月31日に国の史跡に指定された。

平成18年(2006年)に、日本100名城に選定され、
平成19年(2007年)6月から全国規模の日本100名城スタンプラリー(61番)が開始された。

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高取城跡を後にして次に向かったのは、箸墓古墳であった。

池の後方が卑弥呼の墓と言われる箸墓古墳。

箸墓古墳(はしはかこふん)は、奈良県桜井市箸中に所在する
箸中古墳群の盟主的古墳であり、出現期古墳の中でも最古級と考えられており、
3世紀半ばすぎの大型の前方後円墳である。
建造時期や大きさなどから卑弥呼の墓に見立てられることも多いが、
未だその確証は無い。

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箸墓古墳の次は山の辺の道沿いにある長岳寺であった。

ここを最後に奈良を後にしている。

長岳寺にて。

(長岳寺の解説)

長岳寺(ちょうがくじ)は奈良県天理市柳本町にある高野山真言宗の寺院。
本尊は阿弥陀如来、開基(創立者)は空海(弘法大師)とされる。
関西花の寺二十五霊場第19番札所。
日本最古の歴史の道といわれる山の辺の道のほぼ中間点に位置している。
釜口大師の名で親しまれている。
天長元年(824年)に淳和天皇の勅願により空海(弘法大師)が
大和神社(おおやまとじんじゃ)の神宮寺として創建したという。
盛時には48もの塔頭が建ち並んでいた。


大門を撮影。

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カンナ

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楼門

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放生池越しに本堂を撮影。

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拝堂

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本堂屋根部分

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本堂

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撮影:Nikon D300、NIKKOR AF18mm~200mm VR、NIKKOR AF70mm~300mm VR

皆さんのブログへの訪問が遅れています。m(__)m



nice!(20)  コメント(13) 

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コメント 13

green_blue_sky

聖徳太子が生誕された場所、そうだったんだ。
ますます行きたくなります。
写真の場所でたっていると、聖徳太子にお会いできそう~
by green_blue_sky (2009-08-07 07:14) 

kaoru

おはようございます。
美しくて素晴らしい所ですね。
数々の素敵なお写真を拝見させて頂いて
心が落ち着いて優しい気持ちになりました。
by kaoru (2009-08-07 09:10) 

そらまめ

おはようございま~す。
瓦屋根の曲線がなんともいえずキレイですね~・・・
そういえば、こちらは神社の屋根もトタンなので
あんまり重みを感じません(汗)
>ちょっと勇気が必要ではあったが高取城跡まで上ってみた。
の下の山道?のお写真
すっごく雰囲気があって好きです♪
by そらまめ (2009-08-07 09:19) 

fam

聖徳太子の生誕の地ですか〜
二面石 印象てきですね 二面性があると言うのは真理ですよね
飛鳥大仏は金色に輝く凄いものなんですね 
初めて見たものばかりでした
毒蛇注意のところ綺麗で良い所ですが 私には怖くて行けないなあ〜
見せて頂いてうれしいです〜
by fam (2009-08-07 09:38) 

LittleMy

飛鳥、大好きですが、最近行っていなかったのでお写真で楽しみました☆
by LittleMy (2009-08-07 10:44) 

soichiro

お久しぶりです。
緑がとても鮮やかですね。
馬の横腹の金色は何でしょうか。
by soichiro (2009-08-07 13:55) 

あきこ

飛鳥好きです。
秋に京都へ行く予定なので、
奈良まで足を伸ばしたいです。
by あきこ (2009-08-07 14:17) 

minsuke

皆さんコメントありがとうございました。

1つ質問があったようなので回答します。
soichiroさん、馬の横腹の金色の件ですが
調べてみました。
多分、橘寺の紋章ではないかということです。
ある人のブログのようですが、
以下にアクセスしてみてください。
http://asuka55.exblog.jp/10785927/
by minsuke (2009-08-07 14:38) 

マリエ

凄いです。圧巻です!\(^▽^)/
センスのいい、こころのあるアングルに脱帽です。
こんなふうな写真なかなか撮れませんよ。
minsukeさんの写真で疑似体験できました。
私もそこへ行って来たような気持ちです。
堪能しました。m(__)m
by マリエ (2009-08-07 14:50) 

koume

五百羅漢が圧巻ですね。
雨にぬれてしっとりした風景。
京都などの観光地より、田舎の風景が残っていて、
日本人の原風景と言うカンジがして、素敵です。
by koume (2009-08-07 19:46) 

kiko1578

芙蓉の花大好きです。とくにピンクがいいですね。
飛鳥大仏初めて見たように思います。五百羅漢像凄い
です。

by kiko1578 (2009-08-07 21:26) 

Rae

懐かしい風景といったことにない風景が混じっていて面白かったです。
確か、高取城には行ったことないと思うんです…。
自分の目の前に、写真の風景が広がってみるみたいで、その場所にいた感じがしました。
by Rae (2009-08-07 21:47) 

こぼん

ご訪問ありがとうございます。
櫻井には以前いった事があり懐かしくおもいます
多くの古墳が有って日本の歴史を再発見できますね。
by こぼん (2009-08-08 10:59) 

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