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風景写真、猫の写真など載せています。楽しんでもらえればと思います。

僕の写真紀行は容量いっぱいになりましたので、 僕の写真紀行2に移行します。 またよろしくお願いします。
前の20件 | -

京都の世界遺産巡り [京都]

今回は、京都の有名な世界遺産をいくつか載せたいと思う。

前々回の記事、平等院鳳凰堂の続きで撮影しに行っている。

宇治平等院鳳凰堂

撮影:NIKON D300

まずは金閣寺から。

金箔を貼り替えたばかりだったようで、輝きがすごかった。

(金閣寺の傾きを修正してみました。
まだあるかもしれません。
金閣寺ほど傾きが分かりにくい被写体は他にないと思っているのは
僕だけでしょうか?)

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山中にある美しい摩崖仏(狛坂摩崖仏) [滋賀県]

白洲正子さんの「かくれ里」に、狛坂磨崖仏が紹介されており、

その摩崖仏を一度実際に見てみたいと思い、

2009年9月に撮影したものを載せたいと思う。

前回同様に過去の写真を修整するのに凝っている。

シャープネスをかけると見事に変化して、

ちょっと見せられないなと思っていた写真がそうでなくなる様が面白くて、

しばらく過去の写真から載せることになると思います。

撮影:LUMIX DMC-G1

摩崖仏を見る前に金勝寺(こんしょうじ)に向かった。

その近くの山里の景色を撮っている。

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廃寺の金勝寺(こんしょうじ)の山門が見え始めた。

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九頭竜川の紅葉 [福井県・紅葉]

今回は九頭竜湖から温見峠の紅葉の写真を載せたいと思う。

前回と同じく2009年の撮影である。

画像修正をかけるとねむくなっている写真でも、

撮影したときのイメージになるので、

それが面白くて今盛んにいじっている。

今回載せている紅葉は、タイミングが良かったので

かなり色づきがいい。

撮影:NIKON D300

まずは九頭竜湖から。

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宇治平等院鳳凰堂 [歴史的建築物]

今回は宇治平等院鳳凰堂の写真を載せたいと思う。

2009年5月に撮影したものだが、画像修正をして載せている。

最近のソフトは少々ピントが甘い写真でも、

シャープネスをかけると見事に変化させてくれる。

それで昔の写真をいじってみたくなったのである。



宇治平等院だが、角度を少しずつ変えて何枚も撮ってみた。

宇治平等院は京都奈良の神社仏閣の中で特にお気に入りの建物で、

美しいなと思う。

撮影:NIKON D300

この橋を渡ると平等院入り口はすぐ近く。

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養老の滝・紅葉 [岐阜県・紅葉]

今回は養老の滝の紅葉を載せたいと思う。

前回303号線を走ってみて、紅葉が意外に早く終わっていることを知らされ、

養老の滝も多分紅葉が残っていないだろうと覚悟して足を運んだ。

思いの外、紅葉している木が残っていたので、

来て良かったなと内心思いながら撮影した。

撮影:Canon EOS M5、Canon EF-S18-135㎜ F3.5-5.6 IS USM


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横蔵寺と303号線の冬支度 [滋賀県・紅葉]

今回は横蔵寺と303号線の風景を載せたいと思う。

横蔵寺も303号線から少し入ったところにある。

横蔵寺は紅葉で有名であるが、

行った時にはもう紅葉は残っていなかった。

横蔵寺を後にして、303号線を走り、滋賀県に向かい、

余呉湖を撮影して帰宅した。

その過程で撮影した風景を載せている。

撮影:Canon EOS M5、Canon EF-S15-85mm F3.5-5.6 IS USM

紅葉の盛りだと、この赤い橋との組み合わせが人気のショットになっている。

紅葉はすっかり終わっていて、とても残念であった。

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横蔵寺山門

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ある公園の秋風景 [散歩]

11月の半ばに撮影。

天気が良く、青空が広がっていた。

撮影:Canon EOS M5、EF50mm F1.8 STM

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空が気持ちよかったので、撮影。

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茎の長い雑草は時々撮影する。

草むら感が好きだ。

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公園の近くに川がある。

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散歩写真(ある神社と池) [大垣]

今回は散歩写真を載せたいと思う。

7年ほど前に発売されたコンデジで撮ったものである。

当時はとても人気があり、買おうか迷っているうちに時期を逸して買えなかったが、

今年の夏ごろにAmazonでほとんど新品に近いものを手に入れ、

何気に近場で試し撮りをしていた。

とてもシャープに写り、コンデジとしてはとてもいいカメラだなと思う。

昔は、各社いろいろなコンデジを作っていて面白かった。

画質にこだわったコンデジでも、今みたいに手を出しにくい価格ではなかったし。


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(一部はCanon EOS M5、Canon EF-S15-85mm F3.5-5.6 IS USM )

最近は忙しくて、どこかに行くということはなかなか出来ないので、

近くの、雰囲気のありそうな場所を散歩して撮影している。

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神社の脇を抜けて、池の方へ向かった。

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秋の風景(彼岸花) [大垣]

10年ほど前に撮影した彼岸花の写真があるので、

今回はそれを載せたいと思います。

撮影:PENTAX K-5、TAMRON AF90mm F2.8 Di MACRO

神社にも彼岸花はよく咲いている。

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彼岸花、雨に濡れて [大垣]

今年は駆け込みで昨日からヒガンバナを撮影しています。

もう枯れた彼岸花が多くて全体的に撮ると面白くないので、

雫をまとった彼岸花を撮ってみました。

場所は、大垣の曽根城跡周辺です。


撮影:Canon EOS M5、Canon EF50mm F2.5 マクロ

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彼岸花終わり間近で(曽根城公園周辺)&猫 [大垣]

最近忙しいので、今年は彼岸花の撮影はしないでおこうと思っていたが、

ブログで素晴らしい彼岸花の写真を見て刺激され、

遅いかなと思いつつ、大垣の曽根城跡周辺の彼岸花を撮ってきたので

載せたいと思う。

撮影:Canon EOS M5、Canon EF-S55-250mm F4-5.6 IS STM

自分はフルサイズは持っていないが、

こういうのを撮るときはフルサイズで大きくぼかすと魅力的になるなと思う。

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揖斐川町の古刹 [歴史的建築物]

今はなかなか撮影に行けなくてブログの更新もままなりません。

しかし、今回はカメラを購入したので久しぶりに撮影してきました。

なので、載せたいと思います。

しばらくはたまに更新するだけになりますが、

以前のようにお付き合いくだされば光栄です。

今回購入したカメラは、2016年に発売されたカメラで、

決して新しいカメラではないのですが、

自分にとって初めてのキャノン機になります。

キャノンのカメラはずんぐりむっくりな感じがして、

どうも好きになれず、フィルム時代から敬遠してきました。

ところが、M5を見た時、結構四角張ってるなと思い気に入り、

キャノンのカメラってどんな感じなのかなと思い、

無性に使ってみたくなりました。




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撮影:Canon EOS M5、SIGMA 18-200mm F3.5-6.3 DC MACRO OS HSM

岐阜県揖斐川町には古刹が2つもあります。

まずは横蔵寺で撮影しています。




(横蔵寺の解説)


横蔵寺(よこくらじ)は岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲神原にある天台宗寺院。
山号は両界山、本尊は薬師如来。西美濃三十三霊場第一番札所。
重要文化財を含む多数の文化財を有し、「美濃の正倉院」とも呼ばれる。
紅葉の名所でもあり秋の行楽シーズンには特に多くの参拝客が訪れる。
このシーズンに「横蔵寺もみじまつり」が開催されライトアップが行われている。
西国三十三所観音霊場の最後(33番)の札所である谷汲山華厳寺の西方、
さらに奥まった山間の小さな盆地に位置する。
平安時代 - 鎌倉時代の仏像等、多くの文化財を有する古寺であるが、
草創や沿革については史料が乏しく、
平安時代末期ころまでの寺史はほとんど不明といってよい。
寺伝によれば、横蔵寺は日本天台宗の宗祖・最澄が
自作の薬師如来を安置して創建した寺とされている。
伝承によれば、最澄は比叡山延暦寺を開創する際に、
本尊薬師如来像を自ら刻んだが、その薬師如来像を造ったのと同じ霊木から、
もう1体の薬師如来像を造った。
最澄は、その2体目の薬師如来像を
笈(おい、山伏や山林修行者が背中に背負う箱状のもの)に入れて背負いながら
諸国を旅したが、延暦22年(803年)、横蔵寺のある地まで来た時に
薬師如来像が動かなくなったので、
ここに一寺を建立して薬師如来像を祀ることにし、
地元の三和次郎大夫藤原助基が寺を建立したという(創建年は801年あるいは805年とも)。
最澄自ら、笈を背負って都から遠く離れた美濃の山奥までやって来たというのは、
史実として信じることはできないが、
当寺が延暦寺と関係の深い寺院であることを示唆しているといえよう。
なお、創建当時の横蔵寺は現在地からさらに1.5キロメートルほど
奥に入った円山の頂上付近にあり、現在地に移ったのは近世初期である。
鎌倉時代には38坊を有する大寺院だったというが、
鎌倉時代 - 室町時代の寺史も、断片的にしかわかっていない。
横蔵寺に言及した中世以前の文献としては、
鎌倉時代後期の禅僧・無住の著である仏教説話集『沙石集』に
「横倉薬師」の霊験について記しているのが挙げられる程度である。


横蔵寺三重塔(岐阜県指定重要文化財)
現存する仏像の中で、大日如来像(重要文化財)には
平安時代最末期の寿永2年(1183年)の銘があり、
同年、三重塔の本尊として仏師筑前講師により造立されたことが明らかである 。
また、金剛力士(仁王)像には、建長8年(1256年)の銘があり、
作者は鎌倉時代を代表する仏師の一人である肥後別当定慶であることがわかっている。
寺史に関する史料の乏しい中で、これらの仏像の像内銘は貴重なものである。
元亀2年(1571年)、織田信長の兵火で焼失し、
現在ある本堂、三重塔、仁王門などの主要伽藍は江戸時代の復興である。
織田信長の比叡山焼き討ちによって、延暦寺の伽藍が灰になった後、
横蔵寺の本尊薬師如来像は、「延暦寺本尊と同じ霊木から造られた、最澄自作の像」
という由緒ある像だということで延暦寺に移された。
その代わりに、洛北の御菩薩池(みぞろがいけ、現・京都市北区の深泥池)から移されたのが、
横蔵寺の現本尊である薬師如来像であるという。




山門を撮影。

改修工事がなされていて、ビニールシートなど写らないよう角度を考えては撮影しています。

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山門をくぐると三重塔が見えてくる。

このシグマのレンズは逆光耐性が強いようです。

ルミックス G VARIO 12-60mm/F3.5-5.6で撮影したときは、

光が少しでも入ろうものなら、過剰な反応を起こして、

画質を低下させていました。

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羽島のハス

今は忙しくて、ブログにかける時間がないので
しばらくアップしないつもりだったが、
ハスの写真だけ撮りに行ったので載せたいと思う。


撮影:OLYMPUS PEN E-PL9、M.ZUIKO DIGITAL ED 40-150mm F4.0-5.6

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猫と曽根城公園 [猫と風景シリーズ]

今回は久しぶりに飼い猫「ハナ」と菖蒲の写真を載せたいと思う。
菖蒲といっても行くのが遅かったので、枯れている花がほとんどだった。
枯れた花が入り込むと載せるのにもはばかるので、
一枚だけしか載せていない。
菖蒲があるのは、曽根城公園なのだが、
池があり、ルアーで魚を釣っている人がいた。
その池が割と綺麗だったので撮影している。

撮影:OLYMPUS OM-D E-M10 MarkIII、M.ZUIKO DIGITAL ED 14-150mm F4.0-5.6


「ハナ」は嫁さんではなく、僕に付きまとう猫である。
他に3匹飼っているのだが、「ハナ」がいつもそばにいるので、
他の猫が寄ってこれないほどである。
体重は3キロほどしかなく、もう少し太ってほしいのだが、
栄養失調で拾った猫なので肉が付きにくいのかもしれない。

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今頃撮影しに行ったら駄目だなと思った。
枯れている花ばかりだった。
2週間ほど遅かったと思う。

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曽根城公園の池ではルアーで釣りをしている人を見かける。
何気に綺麗な池だなと思い、撮影。

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駅舎に惹かれて [歴史的建築物]

今回は、鳥居本駅を載せたいと思う。
以前にも撮影して載せたことがあるが、
久しぶりに近くを走ったので寄ってみた。
この駅舎、こじんまりとまとまっていて、
デザイン的にお気に入りである。

撮影:LUMIX GX7MK2、LEICA DG VARIO-ELMARIT 12-60mm/F2.8-4.0


鳥居本駅(とりいもとえき)は、滋賀県彦根市鳥居本町にある近江鉄道本線の駅である。
駅番号はOR03。

1931年(昭和6年)3月15日 - 開業。
1988年(昭和63年)3月12日 - 貨物取扱廃止。
2013年(平成25年)3月29日 - 駅舎が登録有形文化財として登録。

島式ホーム1面2線の地上駅。現在は終日無人駅となっている。
駅舎とは、ホーム南端の構内踏切でつながる。
ホーム上には古い待合室がある。
駅舎は開業時からのもので、独特の腰折れ屋根を持つ洋風建築が特徴。
かつては駅構内に日本石油米原油槽所があり、
構内に小規模の荷役線が敷かれていた。
当駅から彦根駅を経由して安治川口駅までタンク車による石油輸送が行われており、
当駅 - 彦根駅間が近江鉄道で最後まで残った貨物列車運行区間であったが、
油槽所閉鎖に伴い1988年に廃止され近江鉄道の貨物輸送は幕を閉じた。


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お寺と花と木々の緑と [歴史的建築物]

今回は性海寺と甚目寺の写真を載せたいと思う。
お寺の建物の風景に段々飽きてきたので、
これからは自然風景を多く取り入れて撮影したいと思っている。

撮影:Nikon D7200、NIKKOR 16-85mm f/3.5-5.6G ED VR

(性海寺の解説)

性海寺(しょうかいじ)は、愛知県稲沢市にある真言宗智山派の寺院。
本尊は善光寺式阿弥陀三尊像。

寺伝によれば、弘仁年間(810年~924年)空海によって愛染明王を本尊として
創建されたと伝えられ、治承年間(1177年~1181年)阿弥陀三尊像が安置されたという。
建久年間(1190年~1199年)に長谷部源政が開基となり良敏が開山となって中興されたという。
その後、北条時頼・足利尊氏・織田敏定・浅野長政・松平忠吉・徳川義直の庇護を受けた。
稲沢市では、境内隣の5703平方メートルを大塚性海寺歴史公園として平成4年に開園し、
毎年6月1日頃から「稲沢あじさいまつり」を開催している。
園内には、「伊豆の華」「カシワバアジサイ」「城ケ崎」など約90種1万株のあじさいがある。


●重要文化財(国指定)

〇本堂 附:旧須弥壇擬宝珠4箇
慶安元年(1648年)の建立。入母屋造杮葺き、方三間で、
正面向拝の屋根は唐破風造とする。
近世の建物だが、内部の天井、須弥壇などには中世の部材が残されている。
須弥壇には弘安4年(1281年)の墨書がある。
〇宝塔
本堂内に安置する、円筒形の塔身に宝形屋根を架けた形式の塔婆。
本尊を安置する厨子として用いられており、高さ2.6メートルの小塔であるが、
「建造物」として重要文化財に指定されている。
須弥壇と同じく弘安4年(1281年)頃の建立と推定される。
〇多宝塔 - 室町時代
〇木製漆塗彩色金銅種子装五輪塔(性海双円塔) 附:塔内納入品一括(明細は後出)
高さ48.7センチメートルの五輪塔。色漆と顔料で五色に彩色し、
その上に金銅製の種子(梵字)を貼り付ける。解体修理に伴い、
内部から能作生珠(のうさしょうしゅ)などの納入品が発見され、
納入文書の記載から塔は弘安8年(1283年)の作と判明した。

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歴史的な建築物に惹かれて(岐阜県・小山寺と神光寺など) [歴史的建築物]

今回は、岐阜県美濃加茂市の小山寺、関市の神光寺と蓮華寺、
山県市の大福寺の写真を載せたいと思う。
風化した寺の建築物に非常に興味があり、そうでない建物にはあまり興味がないので、
寺自体を紹介した記事ではないです。


撮影:LUMIX GX7MK2、LEICA DG VARIO-ELMARIT 12-60mm/F2.8-4.0

小山寺を撮影。
飛騨川の風景写真も撮れると思い、行ってみたいと思った。

(小山寺の解説)

小山寺(しょうざんじ)は、岐阜県美濃加茂市にある臨済宗妙心寺派の寺院である。
山号は仁慈山。
通称「小山観音」、「こやま観音」、「子授け観音」。
毎年3月第1日曜日の初午祭は賑わう。
本尊は馬頭観音。三面六臂の立像で、養蚕の守護仏とされている。
また、開運のご利益があるという。
美濃三十三観音霊場第二十九札所。

飛騨川の中の岩の島にある。これは、元々は陸続きの岩山にあったが、
下流の木曽川に今渡ダムが完成すると周りが水没し、岩山は孤島となってしまったのである。
1938年(昭和13年)、かんのん橋が開通し、飛騨川左岸(下米田町)と結ばれる。

伝承によれば、平安時代末期、木曾義仲が母親の若名御前が
この近くで亡くなったさい、若名御前を弔う為に、
所持していた(若名御前の護身仏の説もある)1寸8分の馬頭観音を祀り、
観音堂を建立したのが始まりという。
室町時代の1450年~1500年頃、仁済禅師が、唐銭(周元通報)300枚を溶かして
高さ1尺の馬頭観音を作り、小山観音の新たな本尊としたという。
木曾義仲ゆかりの馬頭観音は秘仏とされる。
1657年(明暦3年)、小山観音堂は仁慈山 小山寺として開創される。


飛騨川に浮かぶ小舟を撮影。

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ある村のお寺の風景 [歴史的建築物]

山県市葛原という村を通りがかった。
気になる風景を撮影したので載せたいと思う。

撮影:OLYMPUS OM-D E-M10 MarkIII、LEICA DG VARIO-ELMARIT 12-60mm/F2.8-4.0


今では珍しい屋根の民家を撮影。

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とても綺麗な塀を持った大きな家が気になり、
車を停めて撮影した。

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八月堂というお寺が屋根越しに見えている。
以前にも撮影したことがあったが、
最近お寺の撮影に凝っているので、
また違った感覚で写真が撮れるかなと思い寄ってみた。

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歴史的な建築物に惹かれて(愛知県・甚目寺) [歴史的建築物]

今回は、愛知県のあま市にある甚目寺を載せたいと思う。
愛知県随一の古刹である。

撮影:OLYMPUS OM-D E-M10 MarkIII、LEICA DG VARIO-ELMARIT 12-60mm/F2.8-4.0


甚目寺(じもくじ)は、愛知県あま市(旧・海部郡甚目寺町)にある
真言宗智山派の寺院である。山号は鳳凰山。
鎮守として、式内社の漆部神社(ぬりべじんじゃ、元、八大明神社)があったが、
神仏分離令の後、境内を分けた。
所在していた甚目寺町の名は、当寺によっている。
通称「甚目寺観音」で、正式名称より通称で呼ばれることが多い。
本尊は聖観音。高さ一尺一寸五分の秘仏であり、
本堂に安置される十一面観音像(50年に1回開帳の秘仏)の胎内仏である。
東海三十六不動尊霊場第五番札所。尾張三十三観音第十六番札所。
尾張四観音の一つである。

伝承によれば、推古天皇5年(597年)、
伊勢国の漁師である甚目龍麿(甚目龍麻呂、はだめたつまろ)が漁をしていたところ、
当時海であったこの地付近で観音像が網にかかり、
その観音像を近くの砂浜に堂を建て安置したのが始まりという。
この観音像は、敏達天皇14年(585年)に、物部守屋、中臣勝海の手によって
海に投げられた3体の仏像のうち1体(聖観音)といわれている。
残りの2体のうち、阿弥陀如来は善光寺、勢至菩薩は安楽寺(太宰府天満宮)にあるという。
龍麻呂は、自らの氏をもって「はだめでら」と名づけた寺堂をたてたが、
これは、「波陀米泥良」と書いた。
「甚目寺」と書くようになったのは、中世からであるらしい。
言い伝えでは、創建の経緯は以上の通りだが、
実際、その歴史は奈良時代以前に遡ることができる、
という仏教考古学者である石田茂作の研究もある。
天智天皇が病気になったとき、甚目寺で祈祷したところ、快癒したという。
このことから、甚目寺は、勅願寺となった。
鎌倉時代には1山500坊、約3000人の僧がいたと伝わる。
戦国時代には、織田信長や徳川家康の保護を受けて繁栄した。
その他、豊臣秀吉から160石、徳川義直から300石の寄進があった。

沿革[編集]
597年(推古天皇5年) - 創建。
679年(天武天皇7年) - 寺堂が整えられ、鳳凰山の山号を受けた。
853年(仁寿3年)8月8日 - 工事で堂宇を建立するが、一時衰退した。
1103年(康和5年) - 藤原連長や僧智能、大江重房らの力によって再興された。
1124年(天治元年) - 地震で被害を受ける。
1126年(大治元年) - 大江為道とその女、長谷部氏が、復興につくした。
1196年(建久7年) - 源頼朝の命により、南大門の再建が行われる。
1201年(建仁元年) - 聖観上人が勧進、再興した。
1586年(天正13年) - 天正地震による被害を受ける。これを復興したとき、大和国長谷寺の伽藍をまねた、という。
このとき、本堂を再建し、仁王門の大規模な修繕がなされた。
1627年(寛永4年) - 三重塔の再建が行われる。
1634年(寛永11年) - 東門の再建が行われる。
1644年 (正保年間) - 仁王門の修理が行われる。
1873年(明治6年)7月19日 - 本堂が全焼するなどの被害を出した火災が起こる。
1875年(明治8年) - 仮の本堂を建築した。
1891年(明治24年) - 濃尾地震による造営物の倒壊、破損があった。
1992年(平成4年) - 本堂が再建された。


まずは南大門を撮影。

駐車場を探しているときに目に入ったが、

さすがに古刹と呼ばれるだけあって、門から立派だと感心した。

街中にあるので写したくないものがいっぱい入る。

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広角側を使用して変化をつけてみた。

建物を撮るときは歪みが出るので12mm(換算24mm)を

使う場面はそう多くはないかもしれないが、

何かマンネリ気味だなと感じたら、面白いと思う。

歌舞伎の決めポーズみたいな気がする。(意味不明かな)

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南大門をくぐると素晴らしい見栄えの三重塔が目に飛び込んできた。

これだけの風格のある三重塔は奈良や京都に行かないと見れないなと思った。

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歴史的な建築物に惹かれて(岐阜県・真禅院) [歴史的建築物]

今回は真禅院の写真を載せたいと思う。

真禅院には国の重要文化財の三重塔がある。


撮影:OLYMPUS OM-D E-M10 MarkIII、LEICA DG VARIO-ELMARIT 12-60mm/F2.8-4.0

(真禅院の解説)

真禅院(しんぜんいん)は、岐阜県不破郡垂井町にある天台宗の寺院である。
山号は朝倉山(あさくらさん)。
山号にちなみ朝倉山真禅院、朝倉寺、または単に朝倉山とも呼ばれている。
かつての南宮大社の僧坊であった。
本尊は無量寿如来(阿弥陀如来)、十一面観世音菩薩。
無量寿如来は南宮大社本地仏。
古くから霊験があると言われ、平安時代の承平天慶の乱の際、
朱雀天皇の勅令により平将門調伏祈願が行なわれている。
また、前九年の役の際、後冷泉天皇の命により安倍貞任追討祈願がおこなわれている。
境内には干支の守り本尊(守護仏)がある。
西美濃三十三霊場第十七札所。美濃七福神(大黒天)


真禅院は、近隣にある南宮大社(旧称南宮神社)と関係の深い寺院である。
南宮神社では近世末まで神仏習合の信仰が行われ、
神社内に仏堂、仏塔、僧坊などが建てられていた。
明治初年の神仏分離に伴い、三重塔、本地堂などが神社西方の現在地に移され、
朝倉山真禅院と称するようになったものである。
伝承によれば、真禅院の前身は天平11年(739年)
行基により創建された象背山宮処寺(ぞうはいさんぐうしょじ)であるとされる。
その後、延暦年間(790年頃)、勅令があり、
最澄によって南宮神社(現南宮大社)と両部習合(神仏習合)され、
神宮寺と改称したという。
宮処寺の名は『行基年譜』に見えず、創立者を行基とするのは後世の付託と思われるが、
後述のように宮処寺という寺院が奈良時代に存在したことは確認できる。
『続日本紀』天平12年(740年)12月条には、
「幸宮処寺及曳常泉」(宮処寺及び曳常泉を(聖武天皇が)訪れた)との記事がある。
これにより、天平12年の時点で今の岐阜県垂井町に「宮処寺」という寺院が存在したこと、
聖武天皇が同寺を訪れたことは史実と認められる。
垂井町内には宮処寺跡に比定される奈良時代の寺院跡があり、
岐阜県の史跡に指定されている。
ただし、この寺院跡は発掘調査未了のうちに宅地開発が進んで遺構が破壊されており、
この寺が南宮神社の神宮寺の前身であるかどうかは断定できない。
『扶桑略記』天慶3年(940年)正月24日条には「美濃国中山南神宮寺」において、
延暦寺の僧・明達が平将門調伏の修法を行ったことが見える。
これにより、平安時代には南宮神社に神宮寺が存在したことが明らかである。
神宮寺は近世末まで存続したが、前述のように明治時代初期の神仏分離に伴い廃絶した。
南宮神社内には神宮寺以外にも仏教僧の住む坊舎が複数存在したことは古絵図等からも明らかで、
真禅院はそうした僧坊の1つであった。
近世の記録(「本末分限改帳」)には、平将門の乱調伏のため、
南宮神社二ノ宮の十禅師社に社僧10名を置き、
その時建立された僧坊の1つが真禅院であるとされている。
文亀元年(1501年)、火災で焼失し、永正8年(1511年)、
美濃国守護土岐政房により再建。
慶長5年(1600年)には関ヶ原の戦いで南宮神社とともに焼失した。
南宮神社の再建は江戸幕府3代将軍徳川家光により実施され、
寛永19年(1642年)に落成した。
これが現存する南宮大社の社殿群である。
現存する真禅院の三重塔、本地堂もこれら社殿と一連の造営になるもので、
元来は南宮神社境内の南方に建っていた。
明治元年(1868年)、神仏分離により、南宮神社内の寺院・仏堂を統廃合し、
当時の真禅院の住職と地元の人々の手により現在地に移築した。
明治4年(1871年)までに移築が完了し、朝倉山真禅院として再出発した。
昭和57年(1982年)から昭和59年(1984年)にかけて三重の塔の修理が行われた。(昭和の大修理)
平成27年(2015年)から平成30年(2018年)にかけて本地堂の修理が行われた。(平成の大修理)
明治の移築の際に格天井の絵が不規則に並べられていたのを
今回の修理で移築前の状態に戻した。
さらに、塗装や屋根の形状、部屋の間仕切りなど調査で明らかになったものは復元や復原が行われた。



三重塔があるだけで、その一帯が魅力的な空間になる。

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